デェトへ誘うということ

他者の、というか既にある文脈に乗るのは、創造性を要求されないから、政治的に弱い僕にはまだ楽が出来る。
けど、意外と人生はうまく出来てないから、文脈を自分で描かなきゃならなくなったときに、まごついてしまう。
けれども、その行為こそが、人間的なのであって、他者を理解するということにほかならない。
生きることは、世界との、それ故に僕の場合は僕との、戦いであり、その先に得られるものを渇望することである。