それ以後の世界にいながら

夜の闇は悲しみを増幅させ歩くことを喚起する。歩くことに待ち焦がれた精神障害者達は自らの根暗を集団化することで胡麻化して、心持ちを肥大化させ既に本来の弱気を忘れ去り強者気取りである。

しかし、決して個人は個人でしかないことも取り除けないことは注目すべき点である。僕は人が人間であることも信じていることは言うまでもないことであるが。そして、いつも土壇場で自己は自己に投げ返される。その時、人は戸惑うのだ、自らの醜さに、自らの制御不可能性に。だが、そこで、選択の余地すら与えられている。自己という相手から、人は容易に逃げ去ることが出来るからである。
慰めは必要である。問題視されるべきは、慰めの過剰供給であるのだ。僕は僕に言い聞かせるように宣言する、いつか人は自分に向き合わなければならないのである。いかに自分が、僕を殺さないために。